青天を衝けをみて あの頃にタイムスリップした
2021/07/11
渋沢栄一こと篤太夫が
パリに行ったのは27歳の時
若いって いいね!
27歳
そして当時の日本人でも
そんな経験できた人は
極々わずか なんでもかんでも
吸収できる年齢で
外国を訪れる事が出来たのは
彼の天命だったと
思わざるを得ない
毎日の幸せは
ご先祖さまのおかげ
御墓掃除は こころを磨きます
岐阜のお墓クリーニング専門部隊
こころを磨く 「磨き専隊」です
ブログ更新 357日目
青天を衝け 篤太夫いよいよパリへ
そういう私も 26歳の時
ワーキングホリデービザで
1年間の海外生活を体験している
たった1年間だったけど
内容的には10年分の
色んな事を体験できた
若かったからだと 改めて思う
奇跡のような毎日と
いっても良かった
篤太夫が言った
「パリの街を毎日 見て回っても回りきれねえ」
まさしくその通り
馬や牛の動物の力を借りて
車を動かしていた場所から
蒸気機関で 機関車を走らせたり
船を動かしている
文化のまるで違う場所へ
連れてこられたんだから
そりゃ ビックリだ
でも若い時こんな体験が
出来たから良かったんだ
渋沢栄一の事を調べると
栄一と関わった人たちが
栄一を必要として
栄一もそれに答えるようにして
実績を積んでいく
自分には出来なかった
私が海外へ出て
ちょうど1年で成田空港へ
帰ってきた
その時は
自分がこの先どうして
いくんだという 物がなかった
ただ社会復帰しないといかんな
という気持ちだけだった
そんな気持ちで入社した
会社でなんと定年まで働いた
この期間が自分の人生で
今 思うと最も無駄だった
何も不安がなく
毎月給料がもらえて
さらに半年ごとには
ボーナスが支給される
仕事も歳をとるにしたがって
管理する事が多くなり
現場から離れる事も多くなった
当時はそれが仕事と
おもっていたけど
定年が近ずくと
今までやってきた事って
自分が本当にやりたかった
ことではないと解ってきた
定年を機に人生やり直してみたい
今までは 会社に依存して
生きてきたけど自分の力で
生きてみたいと
思うようになったんです
会社にいれば何不自由なく
気が付いたらお墓入ってる
人生だと思う
でもね 自分の心には
若い時の海外で生活した
記憶が残っていて
自分がやりたいと思ったことを
やらないと後悔する
そんな自分がいるんです
やるからには
家族を不幸にしては
ならない覚悟をもって
飛び出したんです
青天を衝けを見てると
若い時の自分を思い出せるし
その後の年月を悔やむことも出来る
今は毎日 後悔する事のないよう
努力するしかないと覚悟は決めている
今は あの頃の気持ちと同じです
1年が10年に感じられてる
妄想力だけは進化してます
今日は 昔を振り返った
過去の懺悔ブログでした
しっかし
若いって いいね!
では また明日
コロナに負けるな
ご先祖様の 「ありがとう」が
届きますように
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磨き専隊
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